佐賀大学医学部循環器内科学教授 野出孝一

野出教授
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2002年秋、初代の松尾修三先生の後任の循環器内科教授に就かせていただき、はや9年が経過しました。これまで当科にご尽力、支援いただいた方々に感謝と御礼を申し上げます。

この間、少子高齢化、経済・地域格差の拡大等、社会情勢は大きく変化しました。今春の東日本大震災による福島原発事故はエネルギー政策のみならず、産業革命以降続いてきた生産効率重視の近代社会の在り様も変えようとしています。我々の世代には、「定常状態での成長」を実現するための「新しい社会の再構成」が求められています。

医学においては不老不死をめざすクローン技術、ES細胞による再生治療など、一部の先端医療が神の手の領域まで及ぼうとしています。人間が創りあげた科学技術により自らの存在が侵害されないためにも、医療者は「生の延長」という命題に加えて、「質の向上」を重視した医療を考える時がきています。

大学を取り巻く環境も変貌しました。数年前まで医学部定員削減が図られ、地方大学医学部の存在意義も問われていましたが、現場では医師不足により地域医療崩壊がおこり、医学部定員増や、医科大学の新設も予定されています。少子高齢化で学生が減少する中での医師増員政策が将来の医療の質に如何なる影響を及ぼすかわかりませんが、我々には環境に流されない長期的な視野と展望が期待されるところです。

さて、循環器医療においては、虚血性心疾患、不整脈領域で多くのディバイスと薬物療法の進歩により、心血管病の救命率と治療成績は向上しました。佐賀大学病院循環器内科でも、虚血性心疾患に対する薬剤溶出性ステント(DES)を用いたインターベンション件数は年々増加しています。ベアメタルステントに比べると再狭窄率が低下し、患者さんには大きな福音となっていますが、DESの薬理学的特性と、ATISといわれる全身の血管病変のために生命予後は必ずしも改善していません。今後も先端医療を積極的に取り入れながら、脳、腎、下肢等全身の血管不全の包括的診療が必須です。

多元的包括的管理には他職種によるチーム診療が不可欠ですが、当科では医師、看護師、薬剤師、理学療法士、臨床心理士による包括的心臓リハビリテーションチームを筆頭に循環器チームも少しずつ形成されています。 循環器内科では、4名の心血管超音波技師や3名の臨床試験コーディネーター(CRC)が活躍していただいています。今後も循環器チーム医療の充実を関連病院も含めて図って参ります。

 人事面では新卒、既卒含めて循環器内科に9年間で40名が入局してくれました。新入医局員は全国の第一線の施設や研究室で研鑽し、勉強をしています。彼らが学会等で立派に発表し成長しているのをみるにつけ頼もしく、うれしく思います。将来、全身の心血管不全を的確に管理できる内科医であるともに、新しい循環器医療を創出できるPhysician’s Scientistに育てていく責任を感じています。

転出組では5年間支えてくれた井上晃男先生が、獨協医大心臓・血管内科主任教授に、明石真先生が山口大学時間研究所教授で栄転したことはうれしい出来事でした。全国にネットワークが広がっていくのが楽しみであるとともに、転任先での更なる発展を心から期待しています。今後も「財を残すは下、業を残すは中、人を残すは上」の精神で、コメディカルを含め、研修医から指導医まで、得意分野を最大限に伸ばすような人材育成を行って参ります。

研究面では県内や全国の先生方にご協力をいただき、多くの臨床研究成果を出すことができ、一部は我が国の診療ガイドラインにも取り上げられています。現在、糖尿病性大血管障害に対するDPP4阻害薬の効果を検証する多施設介入試験であるPROLOGUE研究が進行中で、厳格な血糖管理の意義を明らかにしていき、我が国における循環器の治療エビデンスの構築に貢献していきたいと考えています。

 高齢化社会に伴い慢性心不全患者が増加しています。循環器病棟でも、心臓移植待機患者に対する左室補助装置(LVAD)管理をする症例もでてきました。心不全の入院予防の為に、現在、慢性心不全をインターネット回線を通じて在宅で管理するHOMES-HF研究を遠隔医療への保険適応をめざして厚生労働科学研究の補助を受けて開始しています。この研究により医療を大学から病院へ、さらには地域、家庭へと、専門医からチーム医療へと転換する契機になればと思います。

生活習慣の欧米化と高齢化社会に伴い、我が国でも循環器疾患の診断、治療はますます重要になってきます。今後も、心臓外科を初めとする他科や地域の先生方と連携しながら、佐賀県の循環器医療と世界の循環器病学の発展に資するように、診療、教育、研究にスタッフが一丸となって取り組んでいきますので、ご支援、ご協力よろしくお願いいたします。

2011年 11月1日 佐賀大学 医学部 循環器内科
教授 野出 孝一